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 初めて釣りをしたのは27歳(何と遅咲き)。 

 それまで釣りのつの字も知らなくて全く興味すらなかったが、職場の上司に半ば強引に、紀伊長島の堤防へ夜釣りでアジのサビキ釣りに連れていかれた。

 道具は全て上司に借り、釣り初体験であった。
途中雨も降ってきて傘をさしながら頑張り数匹釣果があった。
それ以来多少興味を持ち始め少しづつ釣りの道具を揃え始め、いつしか上司と毎週堤防又、河川敷へ夜のウナギ釣り、イワシ、セイゴ。ボートでボラ、メバル等の五目釣りはまっていった。

 五目釣りを1年程経験し、いつも行く釣具店でふと見かけたパンフレットが自分のハートに火をつけた!! 

 そのパンフレットとは、そうまぎれもなくSHIMANOで有名なあの高橋てっちゃんが磯で釣りをしているものであった。めちゃくちゃかっこええやん、この兄ちゃん!!

 単純な自分は一度こんな釣りして見たいという衝動にかられた。でも、磯なんて行ったこともないし、危険そうだし・・と悩んでいたところ、なんとうちのおじが冬は磯グレ師、夏は鮎釣り師ということを知った。(今ごろ知ったんかい!遅いやんけ!!)それに付け加え紀東ではちょっとした有名人らしい。(全然知らなかった・・ハハハ・・・汗汗
無知は恐ろしい)
 
 早速、おじに連れて行ってもらい初体験は3月のグレシーズンも終盤。海山町引本港より出船、尾鷲のオナソ1番へあがった。
 遠足気分で、手取り足取り教えてもらうつもりでついていった自分が甘かったでやんす。おじはその1回の磯釣行に全てを掛けているみたいに、釣行する前から殺気だっていた。

 さっぱり磯の仕掛けも解らぬまま竿とリールをポンと渡され、マキエの打ち方も何も教えてもらえず、黙ったままおじは離れた所へ行ってしまった。(おいおい何にも教えてくれないのって?!お〜い!)
 まあええわ適当にやってみよか、第1投、第2投・・・。マキエも適当にと・・。

 しかし、磯竿は長いせいか竿先に道糸を何度も絡ませ、もがいているうちにあげくの果てに、今度は道糸がリールのスプールから出すぎてくしゃくしゃに・・・・。(最悪・・もう半泣き状態)。1回は恐々おじを呼び直してもらったが、2回目やったときにゃ、おじも堪忍袋の緒が切れたちゅうやつ? 
大声で
「お前、そこへ竿置いて俺の釣り見とれ!!         
ハリも結べやんのか?!!うちの小学校の息子でもハリくらい結べるぞ!!」

(ひえ〜めちゃ恐い。たじたじ・・)

 遠足気分でのんびり釣りを楽しむつもりで来た自分は情けないやら、来るんじゃなかったやらいろいろ思いながら、又磯で泣きそうになりながら、悪戦苦闘・・。

 それから、磯替わり後の寺島でやっとこさ偶然にも27センチのグレを上げ、初体験を終了。(汗汗涙涙の3乗4乗・・・)

 あれだけ磯でぼろくそ怒って、恐い顔しか見せなかったおじが、帰りに寄った焼肉屋で初めて笑顔を見せ「よかったな。1匹釣れて。」と言った一言がすごく印象に残り、救われた気がした。(ちなみにおじは40センチオーバーを数枚上げていた。くっそー!)

さらに「お前が真剣に磯をやろうと思うんなら、その竿とリールをやるぞ。」と言われ、その時値打ちの判らなかった自分は、その竿ががま磯インテッサ1.5号約10万円、リールはシマノBBXテクニウム3000番、約7万5千円だということを後で知り、腰を抜かしたのは言うまでもない。(そんなことを知ってりゃ、もっと大事に扱ったのに・・・。早く言ってくれよ!岩で傷だれけ・・。)

 しかし、あの日の磯でボロクソ怒られ、侮辱された悔しさは一生忘れない。(覚えとけよ!くそオヤジ!) 
 
 その日から、自分の磯釣りに対する姿勢が変わった。いつかおじを超えるため、又見返すため、日々必死に努力している!(なかなか報われないが・・・)

 あの日がなかったら多分、遠足気分の磯釣りで一生終わっていたと思う。
 あのオナソ1番が自分の磯釣りの出発点であり、原点であったと思う。
 よ〜し! これからもがんばるぞ〜〜!!
 みなさん長くなりましたが読んでくれてありがとう!


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古和浦くじらの前

磯釣りを始めたきっかけ